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鏡に映った自分の顔をじっと見詰める。目尻の小さくて細かい皺を見て、白粉を付け始める。多少の忌々しさを感じない訳では ない、が、私も年を取った。ただそれだけの事で、これはきっと婦の義務の様なものなのだろう。

銀時は私が化粧をするのを嫌がる。それは勿論直接の言動には出て来ないものなのだけれども、否、出さないようにしているのか。 とにかく、私が化粧をしていると、彼は決まって外に出る。彼が外に出て何処へ行っているのか、何をしているのか、私は 知らない。知らなくてもいい事だ。私は彼の、唯の同居人だからである。

唇に紅を注そうとして、ふと、妹があのまま年を取れば、今の私に瓜二つの女になったのだろうかと考えた。妹が死んだのは 何時だったか。五年は経たぬと思う。精々、三年だとか、四年、その位だ。私がまだ化粧をしていなかった頃だと記憶している。
私が化粧をしていなかった頃という事は、つまり妹も化粧をしていなかったという事だ。私の記憶の中の彼女は素肌の儘 若々しく快活に笑っている。若い頃の私に瓜二つの顔で。妹と私は双子だった。
銀時によく、似ていると笑われたものだ。あの頃の様な彼の笑顔を、私は久しく見ていない。久しく。彼が攘夷戦争だとかいう 戦から、帰って来た頃からだ。
そうだ。妹が死んだのは、彼が帰ってくる丁度一月ほど前だった。






妹は、明朗快活を絵に描いたような子で、少し気が強かった。双子だというのに、私とは似ても似つかない。それでも容姿は よく似ていたので、初見の人からは、見分けがつかないとよく言われたものである。
妹は行動的な性格をしていたが、体が弱かった。よく無理をして体の調子を悪くして、父母に窘められていた。あまり外に出して貰え ないので、その代わりの様に私に外に出てくれと頼んできたりもした。読書が好きだった私は、あまり気が進まないまでも、病弱 な妹への同情心からか外に出ては、彼女の枕元で外の事を話し聞かせたりしていた。思えば銀時に始めて会ったのも妹に報告する出来事を 探している時だった。

出合った時、銀時は髪の長い男の子と一緒に居た。その子の名前は桂小太郎といって、今では連絡が取れないでいるが、昔は 銀時と一緒に家へ遊びに来たりして、随分と親しくしていた。切欠が何だったのか等もう覚えてはいないが、私は彼らを家へ 招いた。妹も新しく出来た友人に喜んだ様で、帰り際には、また今度、と約束を取り付けていた。それから彼らはよく家へ来るよう になって、それはその後何年も変わらなかった。

始まりは私の方が早かったのだ。何処で妹に追い抜かれたのか、気付けば妹と銀時はそういう関係になっていた。高々十七、八の 子供の恋にしては二人とも必死に見えたのは、妹があまり長くは生きれないことが関係していたのか。或いは、銀時がその頃から 攘夷に関わっていたからなのか。妹が死ぬのが先か、銀時が戦に行くのが先か、そういう状況だった。
私はといえば、そんな二人を見詰める事しか出来ぬ、臆病な女だった。それでもなんとなくその状況に満足していたように思う。 銀時が他の女とそういう関係になるよりは、私に瓜二つの妹との方がまだましだと。虚しさを感じない訳ではなかった。妹と銀時の 情事を想像して、自分を慰めたりもした。酷い自己投影だ。私は妹にはなれぬのに。

だから私は、銀時が戦に行くと言った時、哀しくて怖かったけれど、その実喜んでもいた。銀時がここにいなければ、私は 安心して彼を想っていられるのだ。
妹はそれを聞いたとき、そう、と言って泣いた。泣く彼女が綺麗で、憎らしかった。私も出来るならば銀時の為に綺麗な 涙を流したかった。妹は、行かないで、と銀時に縋り付いて、彼を困らせていたけれど、私は口を開けば罵詈雑言が飛び出して しまいそうで、到底とめる事など出来なかった。彼女を宥めたのは、そう、確か晋助だ。銀時たちの友人で、私たちとも交流が あった。今思えば彼は、妹が好きだったのかもしれない。
妹は暫く愚図っていたけれど、彼らが旅立つ日はしゃんと立って、いってらっしゃいと言っていた。私も一緒に彼らを見送った。 小太郎が始終何か言いたげにこちらを見ていた様な気がするが、私はそれを無視した。ただ去っていく銀時の背中を目に焼き付けよう と必死になっていた。

妹が倒れたのは、その二日後だった。村医者にはもう長くないと言われ、家族も妹自身も諦めた。妹は私に、銀時に会いたいと 繰り返し言った。私はそれを聞く度に、今度こそ本当に妹を哀れに思って、そんな自分を嫌悪した。妹も、私にそんなことを言っても 詮無いことは知っていたのだろうが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。泣きながら何度も、銀時に忘れられたくないと 言っていた。
妹が三度目に血を吐いた頃、彼女は私に、自分が死んだら銀時の傍にいてくれと言った。彼が帰ってきたら、姉さんが銀時の 傍にずっといてねと。姉さんが傍にいて銀時に自分を忘れさせないでと。きっと妹には私の気持ち等端から解っていたのだろう。 私には、妹のその醜くも思える愛が哀しくて、そうして結局その頼みを断る事等出来ぬ自分がもっと哀しかった。云とも否とも言えず、 そのままだらだらと太陽が浮き沈みを繰り返しているうちに、妹は到々逝った。最後までその事をうわ言の様に繰り返し、 銀時、銀時と。妹の愛は、死に際に妄執へと変わったのか。あれは少し前の自分の姿だと私は空恐ろしくなった。

一月経って銀時が帰ってきたとき、彼を迎えたのは小さな骨壷と妹に瓜二つの私だった。その時の銀時の顔を、私は今でも忘れ られずにいる。世の中の絶望と悲しみを一身に背負って、尚耐えようとする、健気で矮小な顔だった。その時其処に居たのは、 白夜叉と恐れられる修羅ではなく、愛に裏切られた只の男で、人間だった。銀色の柔らかな髪が一瞬震えて、瞳は私の向こうに妹を 見ていた。
帰ってきたのは銀時だけではなく、小太郎も一緒だった。晋助は何処かで別れたらしい。薄情だと思うだろうが、その時の私にとって 晋助の安否等さして興味を引くものではなく、むしろ銀時のその打ちのめされた顔の方が重要だった。否、銀時が妹ではなく、 私を見ているという事(喩えそれが妹と重ねての事だとしても)が重要だった。

骨壷になった妹は、銀時と小太郎と私の三人に、二度目の葬式を行われた。葬式と言っても、一人ずつ線香を燃して、黙祷をする といった様な、簡略されたものだったが、それでも三人とも畏まって、その場は静かで、耳が痛い程だった。私はその時 初めて妹に先の彼女の最後の願望の答を出した。即ち、云と。
葬式が終わって、妹が墓に収められたあと、銀時は何処か熱に浮かされた様な眼で私を見た。そして私はその後の事を、よく 覚えていない。

私が彼の同居人になったのは、きっとその直ぐ後だった筈だ。






妹が私に、彼を一生束縛する事を望んでいたのなら、それは叶えられる事は無かったなと今になって思う。銀時は私が化粧を し始めた頃から、甘い香の馨りを漂わせるようになったからだ。彼の記憶の中の妹は、素肌の笑顔の儘で止まっている。
妹があの儘年を取っていたなら、或いはと偶に思うが、それは即ちこの関係の終止を意味する。否、始まってさえもいなかった筈だ。 この感情が恋なのか愛なのか、それとも只の惰性なのか、私にはとんと解らぬ。解る事といえば、私からこの関係を終わりにすること等出来ぬ という事だ。私は未だ、銀時に(もしくは妹に、なのであろうか)執着している。

そろそろ銀時が帰ってくる。口紅を塗り終えた私は特にする事もなく、ふっと肩の力を抜いて、もう一度鏡をよく見た。 其処に居たのは、少し老けて若さを失った、妹によく似た女だった。
化粧が布団に付かぬ様に気を付けながら、ごろりと転がる。


銀時が私を抱いた事は、未だ、ない。






INTERDEPENDENCE