*主人公の設定に、森園みるくさんの「フィータス」という作品を参考にさせていただいてます。
幼い頃から、私には声が聞こえた。そしていつの頃からか、その声は私以外の人間には聞こえていないのだと気が付いた。神を自称する声、悪魔を自称する声、未来を予言する声、たくさんの声が絶えず私の頭に響いた。声が一つならば私はそれを信じたかもしれない。多すぎる声が私の声に対する認識を冷静にさせた。私は声の言うことを信じてはいない。幽霊や神や悪魔も信じてはいない。こいつらはすべて私の頭のなかで生み出された妄想にすぎない。
私は努めて声が聞こえないようなふりをして生活してきた。少しでも声が聞こえるそぶりを見せれば、私が異常であることが周りに露見するからだ。声は気まぐれに不吉な予言を残し、それが的中したこともままあった。それは不快な幻を伴うこともあった。私はそれらをすべて無視した。昼夜の見境もなく響いてくる声の只中で生活してきた私は、いつしか感情を実感できない人間になっていた。
アンダーピープル
ソファに転がりまどろんでいた私は、ぱちりと点いた蛍光灯の明りで目を覚ました。くるまっていた毛布をはがすと部屋はひんやりとしていて肌寒い。クーラーの設定温度は23℃、室温は22℃になっている。
「 」
いつのまにかソファの肘掛に座っていた同居人が何かを言っている。大音量にしているiPODの音量を下げて、「なに」と聞き返した。同居人はあきれたように、少し長めの色素の薄い髪をかきむしった。
「真夏に、クーラーこんなに効かせて、毛布被って昼寝なんて不健康なことこの上ないぞ」
電気代がどうとか温暖化がどうとか言っている。クーラーはいつの間にか切られていた。時計を見ると8時になっていた。
「ごはんは」
「俺は食べてきたけど、腹減ってんならなんか作る」
「いい、お腹すいてない」
そー、と妙に間延びした声を出して、座りなおした私の隣に腰を下ろして、私の耳にはまっているイヤホンをとった。
途端に、今まで音楽のフィルターをかけられてぼやけていた、たくさんの声が私の耳に響いてくる。世界中で起こっている悲劇を伝えてくる声、自分がいかに惨い仕打ちを受けたか訴えてくる声、死を予言する声、自分の殺された状況を知らせる声、それらが合わさって、けれどひとつひとつ明確に、聞こえてくる。だがそれも一瞬のことで、同居人の――滝川法生の手によって、声は一切遮られた。それは完全な静寂だった。
「どうしてだろうね」
私は自分の耳にぴったりとあてられている法生の手に、みずからの手を合わせて言った。
「何が?」
「あんたの手があると、なんにも聞こえなくなるの、どうしてだろうね」
「ああ・・・わかんねーよ」
「音楽とか、音最大にしても、ぼやけるだけで聞こえなくなるなんてないのに」
「声が聞こえなくなるの、嬉しい?おまえ」
「・・・」
嬉しくもなんともなかったし、楽しくもなんともなかった。ただ声のせいで併発する頭痛が弱まっていた。それだけだった。
「ああ、わりい」
法生は少し眉を寄せてそう言った。彼は私が感情を実感できないことを知っている。けれど謝る必要などなかった。私はその言葉にだって何も感じてはいない。
「私、寝るから」
「ああ?今起きたばっかだろうに」
「やることない」
「・・・はいはい」
そう言って彼は、また布団にくるまる私の耳に手をあてたままにしていた。
「おやすみ」
笑う彼はきっと優しいのだろう。私も頬の筋肉を動かして、笑顔をつくってお休みと言った。
まどろみのなかで、いつか彼のように心から笑えるときがくるのだろうか、と思う。夢の向こうで、黒髪の男が微笑しているのが見えた気がして、それはそんな私を嘲笑っているように思えて、私はわずかに自嘲のため息を漏らした。
二 ン ピ ニ ン
(070728)
一回書いてみたかった、こんな不思議な子。
シリーズ化させる予定です(が、予定は未定)